明通寺

ここに最初にお寺が出来たのは、平安時代の中期、天台圓宗。日置山法光寺。
一時は一山六坊をほこった。ただ、当時は雨季になると何度も木曽川が氾濫し、水害に何度もあっている。
蓮如上人の室町時代には、荒廃し空き寺になっていた。そこへ、蓮如上人の元で弟子となっていた北條時政の末孫の定政が入って、法光山明通寺と称した。
以後、本山直末として、江戸時代の制度により、広範な地域の統括寺院として存在したが、明治になり、制度がなくなり、各末寺が御門戸を持って独立し、大きな伽藍だけが残った。名古屋から万場の筋で10キロ程の位置にあり、田舎ではあるが、別院からも車で30分程の位置にあり、そこそこ利便性も悪くはない。